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  • Hirotaka Nishiura

「いる」と「いてる」


soundreamのオリジナル曲は一部を除いて、私にしうらひろたかが全て作詞作曲をさせていただいております。

(※ 「青空」「魚になって」という曲のみ佐伯ミワ様にご提供いただいております。両曲共に私がアレンジ・トラック制作で参加しております。)

楽曲を作ってはデモの段階でメンバー全員にデータを送るのですが、

そのデモの段階から数名に突っ込まれた歌詞が御座います。

次のライブでATSUKIが歌う予定の「いつか大人になっても」という曲なのですが、

その歌詞に、

「大嫌いな自分だって心にいてる」

という言い回しが出て来ます。

この「心にいてる」の「いてる」。

私は大阪の人間なので普段から関西弁丸出しですし、

LINEとかの簡単なやりとりは関西弁で文章を書きます。

そんな風に生活していると、

いざ標準語で文章を書こうとしても標準語だと思い込んでる関西弁が混じってしまっている

ことが往々にしてあります。

この「いてる」は関西弁で、標準語だと「いる」なのですが、

私はメンバーに突っ込まれるまで「いてる」は標準語だと思い込んでいました。

恥ずかしい。。。

ただ、関西人からすると「いてる」と「いる」は微妙にニュアンスが違ったりします。

「誰々がそこにいる」

という言い方は少しそっけない感じがします。

意思がなくそこに存在している感じかな。

「誰々がそこにいてる」

という言い方はその存在をしっかりと認めている感じがします。

そこにいてくれてるというような感じ。

意思を持ってそこ存在している感じ。

この微妙なニュアンスは関西人全員が持っているものでもないだろうし、

私が勝手に持っているイメージかも知れません。

で、その「いつか大人になっても」の歌詞。

メンバーから突っ込まれて書き直そうとしたのですが、(実際一度書き直しました)

メンバーから「いてる」のままの方が良いと押され、

悩んだ結果「いてる」のまま残しています。

これで良かったのかどうなのか。。。

今でも気になっている自分がいてます。


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